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3月11日

あれから6年・・
震災のあった日はお店は通常営業中
突然の大きな揺れに花瓶を抑えながら
外を見たら今まで見たこともないほど
揺れている電柱・・・
この辺が震源地でなかったら
震源地はどんな大きな地震が起きているんだろうと
地震がおさまる頃に頭をよぎった・・

それは想像を遥に超えるものだった・・

何度かブログに登場したり、紹介をしている矢部くんの記事・・
何を語るよりも矢部くんの「微力だけと無力じゃない・・」
「行動はメッセージ」が何よりもいろんなもの、人を動かす大きな力。

矢部くんのフェイスブックより
https://www.facebook.com/hiroaki.yabe.96?fref=nf&pnref=story

震災から間もなく6年。

当時僕は付き合ってる彼女と彼女のお母さんと一緒に遅めのランチをしていた。場所は原宿。大きな揺れを感じて外にでたが、電柱がビヨンビヨン揺れてて本当に怖かった。
翌日早朝の便で宮崎に行くことになってたので大崎の知人宅にお世話になることになっていた。そこで、原宿から大崎まで歩いた。彼女のお母さんは途中体調が悪くなり、おぶって大崎まで向かった。3時間くらい歩いただろうか。交通機関が完全に麻痺し、帰宅難民が続出し道は大混乱だった。
僕(彼女のお母さんをおぶりながら)「もうすぐで大崎つきますよー!」...
彼女のおかあさん「ひろくんありがとうね。もう少しだね」
僕「全然問題ないっす!(ぜーぜー)」
彼女のおかあさん(耳元で)「娘とひろくんが別れても仲良くしてね♡」
おいおいーーい!そうきたかーーい!
話がそれました。おっと。
翌日はわけも分からぬまま宮崎へ。宮崎では一応卒業旅行ではあったが、東北が気になって気になって夜も眠れず、テレビに釘付けの毎日。
「僕にはなにができる?」
その言葉が頭から離れられなかった。宮崎から東京に戻った翌日、当時貯めていた有り金20万円を持って銀行に走る。
20万円は僕が社会人になったときに車が必要だったのでその車検代に当てようと思っていたお金だった。自分のために車検代として20万円を使うのか、東北のために20万円寄付するか。
僕は20万円を赤十字に振り込んだ。
その後、僕は気付く。
「あ、俺が東北に支援物資を持っていけばいいんだ・・」
僕「すいません!いま20万円振り込んだんですか返してもらえますか?」
銀行員「え?」
僕「いや、ですから、僕が今から被災地に支援物資買って持っていくのでいま振り込んだ20万円を返してもらいたいんです」
銀行員「いや、それはできません」
僕「。。。。」
僕(心の中で)「しまったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!泣」
なんてことをしちまったんだ・・でも僕は東北にいくぞ。そんなことを思い銀行を後にした。
その頃富山の知人から「軽トラック貸すよ」というオファーがあった。
「いくしかない」
そう想い富山に向かった。

3月19日
拝啓みなさま。ご存知のとおり東北が大変なことになっています。東北は僕が大学時代にママチャリで旅行した場所。想い出がたくさんあります、お世話になったかたが大勢います。ぼくは確かに何もできないかもしれません。だけどできることがあるかもしれません。微力だけど無力じゃないです。東北に向かいます。支援物資を届けます。
力を貸してください。

振込先 三井住友銀行
上福岡支店
口座番号◯◯◯◯
矢部寛明

こんなメールを僕の知人全員に送った。
「やべ!やめろ。勝手すぎる」「新手の振込詐欺」「今行っても迷惑になるだけ」「いいかげんにしろ」�「原発ヤバい」
そんなことを山ほど言われた。でも僕は東北に向かった。
お金がなかった。でもいとこの佑佳のカードを使いまくって支援物資を山ほど買った。ユニクロで20万円使った。下着を山ほど買った。女性の下着を山ほど買う機会はもうこないだろう。(ただの変態だ)
気仙沼のホテルに行った。涙の再会だった。気がつけば手元に150万円の支援金が集まっていた。さて、これからどうするか・・

あの時から6年。
まずはあの時の気持ちを忘れない。

NHK あの日わたしは
https://www.youtube.com/watch…

底上げ 
https://www.facebook.com/sokoageJAPAN/


by rambsear | 2017-03-11 04:17 | 日々の事いろいろ